今年の大河ドラマの主人公明智光秀は今風に言う「一発屋」?

≪未だに謎だらけの明智光秀のクーデター
「本能寺の変」≫

今年の大河ドラマ「麒麟がくる」は
明智光秀が主人公です。

本能寺の変をおこし、主人である織田信長を
自害に追い込んだ人物です。

反逆者のイメージを持つ武将をどのように
描くのでしょうか。
興味深いドラマになりそうですね。

戦国時代は天下をねらう群雄が割拠していた
わけですが、なかでも信長、秀吉、家康の
3人のいずれかを主人公にしたドラマなら
視聴者の間でも話題になりやすいですね。

この3人の性格を表す歌が、あの有名な
ホトトギス・シリーズです。

織田信長は
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

豊臣秀吉は
「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」

徳川家康は
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」

この歌は、江戸時代の平戸藩主だった
松浦静山の随筆「甲子夜話」で紹介されて
います。

九州平戸に伝わる
詠み人知らずの歌だそうです。

明智光秀の性格を表した歌もあるんですよ。
「鳴かぬなら わたしが鳴こう ホトトギス」
「鳴かぬなら 放してしまえ ホトトギス」

この歌では、光秀の自己犠牲の心と優しさが
表現されています。

そんな性格の持ち主が、
なぜ主君に反逆したのでしょうか。

実に謎だらけの事件で、その後の歴史に
影響を及ぼしたクーデターですね。

クーデターに成功したものの、11日目には
山崎の戦いで秀吉軍に敗れてしまいます。

今でいう「一発屋」
終わってしまったのです。

≪明智光秀のような
一発屋で終わらないために≫

信長はなぜ明智光秀を重用したのでしょう。

信長は、既存の体制に挑み、従来の価値観を
否定するワンマン社長です。

無理難題を難なくこなす従順な秀吉タイプ、
勇猛果敢な武将タイプばかりでは、
天下統一は実現できないと考えたのかも
知れません。

そんな中、光秀は冷静な知識人で和歌も
たしなむ教養人でもあったようです。

幕府や朝廷とのコミュニケーションがとれる
光秀は、信長にとって必要な人材だったの
でしょうね。

上司からみれば、外部との人脈を多く持つ
部下であるなら、そのチャンネルを大いに
利用しようと考えても不思議ではありません。

それに応えるように、光秀も誠心誠意
仕えたのではないでしょうか。

とはいえ、人使いの荒い信長の下では
ストレスがたまることが多かったと
思われます。

現代のブラック企業で働いているような
ものです。

他の重臣たちの精神的疲労も、同様に
たいへんなものだったに違いありません。

残念ながら、光秀は他の重臣たちとは
仲間意識を共有できなかったのでは、
と考えてしまいます。

信長を討った後、有力な支援者が
現れなかったのですから・・・・・

現代のビジネスパーソンにも大いに参考に
なりますね。

社外での人脈づくりも結構ですが、社内での
コミュニケーションも大事ですよね。

困った時には仲間が助けてくれることだって
ありますから。

≪組織のトップは部下の心情をくみ取る
度量が必要≫

現代でも、信長のような斬新な発想で
突き進んでいくタイプのリーダーもいます。

時には従来の価値観を否定することだって
あります。

そんなリーダーの下で部下たちはたいへんな
苦労を強いられます。

対照的に、徳川家康は人の気持ちを
理解できたのでしょう。
若くして人質に出されたりして苦労して成長
した人物だから。

光秀も若い頃各地を流浪しながら、
苦労してチャンスをつかんだ人です。

小説を含め、戦国時代に関する歴史書では、
明智光秀は高潔な人物として描かれている
ようです。

その考え方を実践し、家族にも、部下にも
強要していたのかも知れません。

そんな人物が、強烈な個性の持ち主の上司に
仕えれば、精神的疲労はかなりのものだった
に違いありません。

信長から受けるパワハラに耐えながら、
忠実に従ってきた光秀です。

その光秀がついに切れてしまった!
それが「本能寺の変」というクーデターに
なってしまった。
そんな気がします。

天才的なリーダーとはいえ、日頃の部下の
苦労を慰労し、常に良質の
コミュニケーションを取り続ける努力を
怠ってはいけません。

現代のリーダーにも通じる、
貴重な教えだと思います。

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